4 月
24
2009

宮古島大会レポート (下)

昨日からお腹の具合が落ち着いてきました。食欲も出てきて、安心しました。

 

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今年はランコースが変更になり、市街地部分が長くなり、折り返し前で上り下りする坂がなくなりました。折り返し地点が手前になったせいか例年よりもかなり手前でトップのアンダーソンがやってきました。ピッチは遅かったものの、ばてた様子はありませんでした。ランに入っても風が強く、気温も低めだったので、水をかぶっていれば、外人選手もばてることはないでしょう。1キロ以上離されて2位の松丸、さらに2キロ以上開いていましたが、3位の桑原君は前の2人にくらべるととても元気な走りでした。その後ろは西内、フーバー、飯干君、菅沼君、益田君と8位までが続けてやって来ました。折り返しのエイドステーションの横でランを3位でスタートした篠崎君がうずくまっていて、私は10位で折り返し。そして歩き出した篠崎君を抜いて9位。前の益田君とは4分、後ろの11位の平松君とは5分ぐらいの差でした。気になる河原はなかなかやって来ませんでした。これで私がペースダウンしない限りは10位に入れると思い、順位のことは忘れていい走りをすることに集中することができました。

古株なので、すれ違う往路の選手から本当にたくさん声援をいただきました。満足な反応ができませんでしたが、心の中では感謝の気持ちでした。走りでお返ししようと、エネルギーも湧いてきて、25キロ以降は集中力も高まり、いい走りができたと思います。35キロ手前でペースダウンしていた菅沼君を抜き8位。残り5キロを切り、平良市街に入ったところで前を行く益田君の背中が見えてきました。私もギリギリのペースでしたが、一か八かペースアップしました。残り2キロで差を50mぐらいまで詰めることができ、あと一息でしたが、沿道からの「フジワラ、がんばれー」の声に益田君が気づいてしまい、ペースアップして軽々と離されてしまいました。私が陸上競技場に入ったときに益田君がラスト100mあたりにいました。結局46秒差で8位のままのゴールとなりました。

 

2005年から3年連続で6位、昨年7位だったので、今年の8位は悪くない成績だと思います。鎖骨骨折をしたときは目の前が真っ暗になり、宮古島のことを考えると気が重くなりましたが、よくここまで盛り返したと思います。2005年から毎年感じることですが、宮古島では自分でも信じられないようなパワーが出ます。選手の皆さんや沿道の皆さんに後押しされて、走らせてもらっている感じがあります。

しかし冷静に考えると、レベルが落ちてきていると思います。今年の私のレベルは10年前ならとても10位に入れるパフォーマンスではないし、5年前でもやっと10位に入れるかどうかのレベルだと思います。それだけトレーニングに時間がかかるロングのトライアスロンに取り組む若い選手には厳しい時代なのだと思います。松丸が宮古島で優勝するまで何年かかかったし、私が初めてトップ10に入ったのは32歳なので、焦らず覚悟を決めて取り組んでほしいものです。

 

ところで、TRI-Xのレース速報では、おもしろいことがわかります。たとえば、スイムFとバイク乗車を昇順で並べ替えて比べると、トランジッションで何人抜いたかわかります。私はスイムFでは129位でしたが、バイク乗車は70位なので、その間に60人ぐらい抜いたことになります。トランジッションタイムは2分29秒でかなり速いほうですが、飯干君はデュアスロンチャンピオンだけあって2分13秒。たぶん最速です。またバイク乗車~70kmのタイムと70km~バイクFの所要タイムやバイクF~ラン折り返しとラン折り返し~ランFの所要タイムを比べると、それぞれ前後半の落ち込みがわかります。のちほど「トラ・トラ・トラ」で掲載されると思いますが、「Super G3 計画」で紹介しているスイム→バイク序盤→バイク中盤→バイク終盤→ラン前半→ラン後半と徐々にパフォーマンスを最大化していくレースができたと思います。

Written by yuji in: 未分類 |

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