飛込みナイト

ginza stockが引けてから、帰り道、久しぶりに一人で飛び込んでみました。
銀座というものを全然知らずにいることは、大事なものを知らないでいることのように思います。
看板を見て、一人で飛び込むのは勇気と外れリスクの換わりに、大事なものを知ることへの早道のような気がします。
caffee bar Kの看板が気になる。
anesaki・chiba・ginza・singapore・seoulという件も気になる。
男の出世、港町。
coffee barと油断させておいての、オーセンティックスタイル。
ロマン。
シルバーフィズを。
クラムチャウダーと鶉のスモーク。
男の自信、不安、本格、渡航、港の灯り、こだわり、女のドレス、先達、哀愁。。
いきなり、ヒットでした。
もう二時を廻っていたが、同じビルの地階にこのような写真が。
写真のある店はロマンを殺(そ)ぐが、だからと言って迎合したり一見サラリーマンがでいりする風体ではない。
地下に進むと、案の定、扉は腰の引けた青二才をはねのける。
看板も無ければ、取っ手もない。
おまけに、ズンと重い。
建築家が掘リ出した空間は丹精で圧倒的である。
一方バーテンは正統派ながら饒舌で、扉を押した珍しい単騎の飛び込み客に敬意を示してくれた。
ジョージ中島の椅子に囲まれ、軽井沢の教会で酒を愛する牧師がこっそり開いたバー、とでもいう高揚と落着きを見せる。
連続のヒット。
銀座は、嬉しい。。
次回飛込み候補先。
ピエロ。
ピエロの笑いと涙がそこに在るだろうか。
V.V.V.
上階も下階も閉じている時勢で、撥ね付けている。
名の意味を、直ぐに聞き出してはいけない。
名の意味が、酔いを醒ますリスクもある。
旅は未知であることで旅になる。
この文字を気にせず通り過ぎよというのは無理がある。
書き直すチャンスはいくらでもあるはずの「ろばた」。
「ろ」の横の余白はよい。最後「た」の右に余白がないが、右端は縦に通っていることから、紙の縁ぎりぎりに書き上げた状況が想像される。
「ろば」までの鼻の穴を膨らませたような勢いがすごい。
「は」から「ば」へと転じる点点に向けて筆の返しが踊りまくっている。
一転して、「た」の物理的なスペースの脆弱さに気付き、しかしながら「た」をスキニーにすることでのアンバランスを避け、「た」の横二画のボリュームはそのままに、開脚させることで着地を見せ、結果、右端に吸い着いた印象を残している。
もし、看板屋が、右端にも余白を残すならば、かえってそのアンバランスを露呈していただろう。
ここは、紙の上の狼狽をそのまま残し、「ろば」の勢いと、「た」の壁を見方に付けた吸い着きを以って安住させたことが奏功したといえる。
下のたぶん「平野屋」という文字は、その甲骨文字的な知的要素が上手く現れている。
上段「た」での汗を二度とかかぬよう、全く以って慎重な態度である。
ここは、店を訪れて、右にも左にも大きく揺れるその主人をこの目で見ないわけにはいかない。
知的で繊細な料理を大胆に盛付ける、剛毅な主人と出会うことに胸を膨らませる。


























