味の手帖4月号より
「良い果実」
皮ごと、種なし、をうたうフルーツが続々と登場している。
皮が薄く種がなくそのまま口に放り込めるブドウなどのことで「今やブドウは種なしでないと販売は難しい」らしい。同様に、種のないビワ、皮が厚くてキウイのようにスプーンですくって食べるイチジク、渋皮がポロリと剥ける栗など手間をはぶくための品種改良が進んでいるという。
しかし、この品種改良って、一体どうやって辿り着くのだろう。家で飼っている犬に、お手やお座りを仕込むのは分かる。方法を言うなら「手取り足取り・ニンジン型」と言えようか。ニンジンとは勿論餌で操っていくというもの。
猿回しもスゴイが、まだ分かる。「やってみせ・ニンジン型」か。イルカやシャチのショーは、もう分からない。やってみせられない。ヒレとり尾とり、という訳にもいかない。ニンジンを与えるか与えないかの0か1の選択肢の積み重ね、なのか。コンピューターが0と1の二進法で出来ているならば、イルカの頭脳とそれが同期するのか。いやー無理でしょ。ぐるーっと三周まわってヨシコちゃんと一緒にジャンプして一回転半のあと尾っぽでボールをキック、ヨシコが赤でタローは紫のほうね。あ、それから着水はむしろ水しぶきあげてドボーン!といっちゃってください。なんてシナリオを二進法でやれと言われても、私なら一万年かかってもできる自信はない。「ニンジン・もう分からん型」としか言いようがない。
で、種なし皮薄ぶどうはどうなっているのか。
これも分からない。仮に、シマウマの柄の牛を作りたければ、それを掛け合わせていけばよい。「理想追求、偽装結婚型」。食べられる皮で、種もなく、甘いという三つの理想を求める偽装結婚は多重かつ妾ありで難儀である。
さて、組織やビジネスの目指すものを果実とするならば、どうやって良い果実を得ているだろう。
通常は「目的・調査・マネジメント・ニンジン型」、「株主・コンプライアンス・実績型」などなど組み合わせは無数にある。
私の場合はどうだろうか。「非ニンジン・妄想・共感・自脳自動型」とでも言おうか。最初に言うと給料なら高くない。マーケティングやコンサルタントに依らず、どうやら妄想からスタートする。外的要因ではなく、内的要因から始めたい。外的な要素は勿論考慮精査はすれど、動機は内側から。子供の目の前に綺麗な花を差し出すより、子供が自分で気付いた雑草のほうを優先したい。自分のなかで生まれた動機は独自で、長く、強いものになる。マネジメントや指導、というより、共感によって同じ方向を向いていく。自脳自動という言葉はここで作ったが、一人一人の頭脳、能力に因り、自分にエンジンのある自動的な人々の集合で動いている。ここがミソで強みで有難い。何せ私は非ニンジン、妄想・・・までしかできないのだから。
さて、果物に戻って。
「生ハム味の皮のメロン」なんていかがでしょう。
単価は高いよ。私は食べないが。




























